やってもいい。やらなくてもいい。行きつく点はひとつ。

こんばんは。

日曜日の夜、みなさまいかがお過ごしですか。

突然ですが、ぼくは最近転職を考えています。

(いや、正確に言えば入社前から考えていたけれど)

今いるのは、新卒で入社した会社で、今年でもう8年目になります。

自分でいうのも何なんですが、そこそこ中堅としてのポジションまできました。(きてしまいました)

しかし、誰でも一度は問いかけるこの質問。

「ぼくはこの会社にいたままでいいのだろうか・・・?」

ぼくはずーーーーーーーーーーーっとこの質問が頭から離れません。

入社してから今までおよそ7年半。

つまり2737日。

すなわち65688時間。

言い換えれば3941280分。

要は236476800秒。

まあ、誰でも通る道ではあるのかなと思います。

今日はこのあたりの僕なりの考えを整理してみます。

「勤務先=契約の相手方」という考え方を知らな人が多すぎる


日本の企業って、やたら新卒者を洗脳しようとしますよね。

ぼく、あれ大っ嫌いなんですよ。大っ嫌いなんです。

大事なんで2回言いました(笑)

何ならもう1回言います。企業の新卒社員洗脳は大っ嫌いです!

なぜか?

“まだ世間の何を知るわけでもない純真無垢な新卒を迎え入れ、企業が自分たちの好き勝手やっているやり方を覚えさせて自社色に染めることによって、自社で行なっている(世間的にはおかしい!とかブラック企業じゃないか!と思われるであろう)やりかたにも疑問を抱くことなくただ指示に従ってもらう。”

このような、自分勝手極まりない価値観がその根底に垣間見えるからです。

だって、こういう場合を想像してくださいよ。

世の中のことを何にも知らない中学生や高校生の女の子をとっ捕まえて自分色に染め上げ、自分のやることに何もかも従わせている中年のおっさんのことを、あなただったらどう思いますか?

「うわっ、きも・・・」

こんな感じですよね?やっぱそうですよね?

そうなんです。気持ち悪いんですよ。そこに「反抗できない相手を支配したい」という価値観があるから。

こういう風に事例を出されたら、そりゃ誰だって 気持ち悪っ!! ってなると思うんですよ。これに反対する人はいないんじゃないかと思います。

でも、世の中の企業の多くは、この気持ち悪い中年のおっさんと同じことを従業員に対してやっているにもかかわらず、気持ち悪いとも何とも言われてないし、それどころか今までそれが当たり前であるかのように推奨され、実際に行われてきたわけです。

それっておかしくないですか?

どうして労働者が使用者色に染まらなければいけないんですか?

使用者(≒経営者)と労働者の間で交わされているのは 労働契約 です。

奴隷契約 でもなければ、 労働者が使用者色に染まる契約 でもありません。これ、いいですよね。間違ってません。

労働契約の本質とは、労働者が使用者に対して労務を提供し、使用者が提供された労務に対して賃金を支払うというものです。

つまり、労働契約なんてそれ以上でもなければそれ以下でもない。働いて金もらえればそれでイイんですよ。

それなのに、好きでもない上司のご機嫌とったり、行きたくもない飲み会に嫌々参加させられたり、あたかも「会社」といういち宗教の信者であるかのような立ち居振る舞いが求められ、それに適合しない行動を取った者に対しては容赦無く何らかの形で制裁が課せられる。

 “社長の意見は絶対!”

 “会社のためならプライベートを犠牲にしたって文句は言うな!”

 “会社のため!お客様のため!利益のため!”

そしてこのようなマジックワードが社内を駆けぬけた時、われわれ従業員の人権やその他の権利は無力化されるのです。

要は何が言いたいかって言うと、使用者なんてたかが労働契約の相手方にすぎないというのに、いろいろ労働者に多くのことを求めすぎなんですよ

ひとつ断っておきますが、世の中の経営者すべての方が1人残らずこういう方であるという意味ではありません。しかしながら、かなりの大多数をこのような経営者が占めるのだと考えています。

「勤務先企業=使用者と労働者が締結する労働契約において、契約に基づき労働者から労務の提供を受け、労働者に対し賃金の支払を行う当事者」という概念を、僕たちは忘れてはいけません。

洗脳されるに値する相手ではない


これもさっきの話の続きというか、関連するんですけど。

そもそも一般的に言われる会社なんて、そのほとんどが洗脳されるに値する相手ではないんです。

彼らが自分たちの利益のことしか考えない自分勝手な集団であるということに行き着くんですが、彼らは自分たちに都合のいいようにしか考えません。

従業員が始業時間に1分1秒でも遅れたらこっぴどく怒るくせに、就業時間1分遅れたからって仕事終わりにはならないし、自分たちが会議に10分遅れても知らぬ存ぜぬで通してきます。

法律や規定を自分たちの都合のいいようにばかり解釈をする天才と言っていいでしょう。

そんな奴らに洗脳されて、何かいいことがあるんですか??という話です。

労働者にとっての使用者(経営者)なんて、クソみたいなもんです。自分たちのことしか考えず、労働者をこき使うことしか考えていない自分勝手でワガママな奴らです。

そんな人の言うことを何でもかんでも聞くんだったら、世間で天才的な経営者と言われている稲盛和夫氏や松下幸之助氏のような、素晴らしい経営者の考え方に染まった方がイイに決まってます。

洗脳される人は自分から選びにいかないといけないんです。

やまもとりゅうけんさんの言葉を借りれば「積極的受信」です。

そう、誰かに洗脳されると人生楽に乗り切れるんですよ。僕は常に僕を洗脳して導いてくれる誰かを品定めしています。積極的受信です。

やまもとりゅうけんさん「Fラン大学から大手金融機関への内定を獲得した男から学ぶ人生イージーモードの極意」 より

引用元のやまもとりゅうけんさんブログはこちら

たまたま入社した会社の経営者になんぞ洗脳される必要性はまっっっっっったくないわけです。ここを勘違いしちゃいけないですよね。でも意外とそういう人多いから注意です。

もっと自分の芯を強く持とう


使用者が労働者を洗脳したがるのは、使用者が洗脳すれば労働者は意外と簡単に洗脳されるからです。ということは、みんな何も考えてないってことですよ。

だとすれば、ぼくたち労働者ができる対策はひとつ。

自分の考えをしっかりと持って、簡単に他人の考えに流されないようにすることです。

「労働者をこき使う使用者なんかの言いなりには絶対にならない!!」

「会社の言うことに言われるがまま従うんじゃなく、一回自分の頭で考えよう」

これだけ考えるだけで、だいぶ洗脳は防げるんじゃないかと思います(根拠はないけど)。

普段の会話の中でも、彼らはときどき「ん????????????????????????????????????????????????????」ってことを平気で口走ります。そしてそれは、いわば一時代前の古臭い考え方であることが多いです。

まあそこで「いやいや、それはそうじゃないですよ。その考え方はおかしいです。」ということは言わないですけど。

(別に言ってもいいと思いますけど、ぼくはめんどくさいので言いません。その代わり、時がくれば何も言わずにその場からいなくなります。)

そういう古臭い考え方が会社に価値観として残っているという状況がもうヤバすぎます。

自分なりの考えをしっかり持って、上の人が言うことに耳を傾け「おかしいぞ」と思ったら何も言わずとっととその場から離れる。

それでいいんです。むしろそうした方が双方のためになりますから。

労働者側としては、無駄な時間を過ごす必要がなくなりますし、会社側だって、労働者がそんな風にしていなくなるんだったら自分たちでやり方を考えていかなければいけなくなります。

そこで労働者が「これ違うと思います」なんて指摘しようものなら、会社がヘソまげるし、嫌な気分にさせてしまいます。

いや、そもそも、他人に対してそんなに世話を焼く必要がないわけです。だって、会社なんて労働契約締結の相手方にすぎないんですから。

まあ、世話を焼きたければ焼けばいいと思いますけどね。

やりたいことを無理してやらないでおく必要はありません。

他人の時間を生きることの無意味さ


そうやって、自分の考えを持たずに他人の言うことばっかり聞いていたっていいことはありません。

自分の考えを持つ。そして、おかしいと思えばその場から立ち去る。

やりたいことがあれば、やる。

そうして、自分の時間を生きなければいけないんです。ぼくたちは。

どんなに給料が良くても、どんなに福利厚生が良くても、どんなに休みが多くても、どんなに気の合う同僚がいたとしても、やりたいと思うことをやらなければ意味がないのです。

もちろんこれはぼくの主観に基づくものです。ぼくが勝手に思ってることです。

それは極端な考え方だろう、と思う方も多いかもしれません。

しかし、やりたいことを我慢して、不満ばっかりの現状に甘んじる意味が何かあるのでしょうか。何もせず、最初からできないと決めつけて甘んじることに、なんの意味があるんでしょうか。ぼくにはこれが分からないのです。

意外とそういう人は多いので、注意しないとあなたもそういう考え方になってしまいます。

まして彼らは同調圧力の塊のようなもんですから、そこからあなただけ抜け出そうもんならバッシングが半端じゃないかもしれません。

あなたが本当に自分のやりたいことをやるつもりなのだとしたら、そこで怯むことなく、勇気を出して飛び出す勇気を持つしか、あなたの生きる道はないんです。

やりたいからやる。やりたいけどやらない。どっちを選ぶかは自分次第。


やりたいからやる。

やりたいけどやらない。なぜなら〜〜〜だから。

どちらも選択肢としてはアリだと思います。

「やりたいからやる」っていうのは、「焼肉食べたいから食べる」っていうのと同じくらい当たり前の考え方だし、「やりたいけどやらない」っていうのは、「焼肉食べたいけどお金がないから焼肉食べない」と同じで、まあいろんな事情があるでしょうからそれもアリです。

その考えがアリなのかナシなのか、決めるのはあなたです。

しかし、1つ覚えておいた方がいいことがあります。

やりたいことをやっても、やらなくても。いずれ人は死にます。

与えられた有限な時間を、自分のやりたいことに費やすか、やりたくないことに費やすか、その決断をするのも僕たち自身なのです。

やりたいことだけどやらない、という決断をするのなら、その辺りのことをよく考えてからにした方が良いのかもしれません。

ぼくも何かいろいろなことを決断する時は、こういう視点を持って決めようと思います。

だって、やりたくないことをやって生きて行きたくはないから。

以上!!

・・・うまくまとめられたかな??

それでは、また!!!

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